2016.11.14更新

1 相談~退職した会社から残業代をもらっていない!

30代男性からの相談。半年ほど前に有期契約で勤めていた会社を退職した。在職中,月3,40時間は残業をしたが,会社は固定残業代を支払っているという理由で支払を拒否した,未払分を回収して欲しい。

残業代請求の考え方

今回は未払残業代の回収を依頼されたケース。請求に当たってどんな手続・方法があるのか,固定残業代で支払済みという会社の反論はどうなる?といった問題は後回しにして,まずは残業代がどれくらいあるのか,計算してみる。

1)基礎賃金額(時間単価)の計算

多くの人が月給制だと思うので,1時間当たりの単価を年収と年間労働時間から計算する。ごく大雑把に言えば,

(年収)÷(年間の所定労働時間)=時間給 だ。年収は源泉徴収票,給与明細をもとに調べ,所定労働時間は就業規則から調べる。相談の時点で就業規則がない(請求しても会社が渡さないとか,そもそも作っていない場合など)ときは,土日祝,盆と年末年始は休みといったおおまかな情報から割り出す。所定労働時間の計算をより正確に言えば,{1年-(所定の休日日数)}×1日の所定労働時間 になる。所定労働時間には休憩時間を含まないので,9時5時出勤で昼休みが1時間という会社なら,所定労働時間は7時間になる。

上で「年収」と書いたが,正確には基本給がベースになる。ただし,ここでいう基本給は給与明細の基本給額と一致するとは限らない。たとえば,交通費を実費で支給されている場合,基本給から除外されるが,定額支給されている場合は基本給に含ませることがある。職務手当などの名目で職能給が支給されているときも基本給に含ませることがある。考え方としては,実費の交通費のように,自宅から会社までの距離という,仕事の内容とは関係なく変わる手当は基本給に含めない。

こうして算出された収入を総労働時間で割ると基礎賃金が求められる。

必要なもの:給与明細,源泉徴収票,契約書,就業規則

2)残業時間・残業代の計算

本丸。まずは依頼者がどれくらい働いたのかを資料を基に求める。タイムカードで勤怠管理がされていれば打刻された時刻をもとに求めるが,これがないときは別の方法で割り出していくしかない。手帳のメモ,業務用PCの立ち上げ・シャットダウン時刻,残業中に職場の時計を撮影した写真などなど。幸い,本件ではタイムカードを一部依頼者が持っていたため,手持ちのタイムカードを元に計算する。判らない分はあとで相手に開示させ,とりあえず平均残業時間分は働いたものと推定して計算することにした。

なお,残業代は2年で時効になるので,請求しようか迷っている方は要注意だ。時効の関係で締め日と支払日を最初に確認する。

「残業」というのは,所定の労働時間を超えて労働した分が該当するが,1日8時間,週40時間という労働基準法上の制限を超えた場合,所定の労働時間内であっても残業(法外残業)になる。この制限を超えない範囲の残業は「法内残業」となり,基礎賃金の100%を払えば良い(割増にならない)。簡単に整理するとこうなる。

①1日8時間以内かつ1週40時間以内:基礎賃金の100%

②1日8時間超又は1週40時間超:基礎賃金の125%以上

③1か月60時間超:基礎賃金の150パーセント以上(ただし例外あり)

④22時から翌5時までの深夜労働:基礎賃金の125%以上

⑤法定休日労働:基礎賃金の135%以上

法外残業と深夜労働は重複するため,22時以降に働いた時間が8時間を超える場合、超える時間は150%になる。

⑤の法定休日だが,週に1日は必ず休みにしなくてはならず,その休みの日に出勤させると35%増しになる。これは法外残業とは重複しない。会社の休日と一致するとは限らない。規則で土曜が休みとされており,土曜の出勤を命じられたからといって,週に1日休めていれば休日労働には該当しない。

こうしてタイムカードを元にエクセル表に実労働時間を入力していき,割増率をかけて毎月の残業代を求めていく。

なお,残業時間は分単位まで求めるが,1か月単位で通算するときは30分未満を切り捨て,30分以上を切り上げていい。

本件では200万円近い未払があることが判った。依頼者からの聴き取りとタイムカードの記載から,十分すぎるほど働いてらしたこともわかった。そこで請求に向けてうごくことに。

 

2 実際の解決までの流れ

方針の決定:労働審判?訴訟?

この手の案件では,労働審判という早期決着を期待できる制度と,通常の裁判(訴訟)とがある。労働者としてはどちらを選んでも良い。

簡単に比較すると―

労働審判:3回以内で決着(早期解決),労働者寄り?,1回目から主張・証拠を出揃えるようにする(手持ちの証拠が少ないと向かない?)

訴訟  :労働審判よりは通常遅い(1審で半年から1年程度),控訴されるデメリット,証拠開示が充実,付加金の支払を裁判所が命じられる

一長一短あるが,未払残業代の場合,残業時間も判っていて法的な論点も無い場合は労働審判が向いていると個人的には考えている。今回は請求している期間の半分くらいしか証拠がなかったこと,固定残業代制をめぐって対立すると思われたことから訴訟にした。

付加金って何だ?

割増賃金が未払のとき,制裁的に裁判で金銭の支払を命じる制度。上限額は未払割増賃金額の100%。

重要なのは,「割増」賃金の未払だということ。法内残業は割増しではない。もうひとつは「裁判で」命じるということ。訴訟の場合に手に入る可能性がある,くらいに思った方が良いかもしれない。請求するときは使用者の悪性を主張立証することになるが,重要なのは残業時間の長さだろう。

なお,判決までに使用者が全額支払ったときは,裁判の時(判決時)に未払がないことになるため,付加金は手に入らない。

 

 

請求~訴訟まで

方針も決まっていよいよ実際にうごくことに。まずは内容証明郵便で支払とタイムカード,就業規則の開示を求めるが,何のリアクションも無し。訴訟をおこすことにした。

訴状では依頼者の職場での立場、日々の業務内容を主張した。所定の時刻を過ぎたのは遊んでいたのではなく本当に仕事が終わらない(終えることが出来ない環境)からだということを示した。

すると,相手からは予想通り固定残業代で支払済みという反論がでてきた。

固定残業代制は支払拒否の理由になる?

固定残業代には,基本給の一部に残業代が含まれているという形と,定額の手当で支払われている形がある。本件は前者の主張だった。

いずれにしても,この反論が認められるには,固定額を残業代として支給するという明確な合意が必要だ。明確と言えるためには,固定残業代の部分が基本給等と明確に区分されていることが必要だ。

基本給の一部に固定残業代が含まれているという反論は,多くの場合,この明確な区分という要件を満たさないだろう。いくらが基本給でいくらが固定残業代なのかが契約書や給与明細といった基本的な書証からわからないと「明確」にはならない。

また,定額手当として支給されている場合でも,極端な場合には合意が否定される。たとえば,基本給が固定残業代と比べて余りに低い場合,固定「残業代」は残業のために支払われたものとは認定できないことがある。

なお,固定残業代制が採用されているとしても,実際に計算した残業代が固定額を超えているときは,当然超える分を請求できる。

本件では,相手の主張する固定額は契約書にも給与明細にも現れていなかったため,「明確な区分」の要件は満たさないと予想された。

 

一方、相手からは,退職後にも給料を払っている,その給料支払いで和解したという不思議な反論が出た。給料名目で金を払われたのは事実なのだが,なぜ退職した後に「給料」を払っているのかはもらった側の依頼者にもわからない。不思議だが,金を受けとったのは事実なのでいくらか差し引かれることは覚悟した。

互いに主張と証拠が出そろった後(半年くらいか)、裁判所から和解の提案が。裁判所はこちらの請求する残業代の数字に問題はないだろうとしつつ,趣旨はよくわからないが金を受けとっていることから,それを多少考慮した金額を提示してきた。依頼者に和解を蹴った場合の予想できるデメリットを説明し,和解に応じて良いとの回答を得たので,弁護士同士で内容をチェックし和解を成立させた。

和解の注意点だが,未払賃金として支払いをうけると源泉徴収の問題が起こるので,解決金など他の名目の方が良いかもしれない。

2か月後,約束通りに支払があり,終結。初回相談から1年だった。

 

3 振り返って

 足りないタイムカードは訴訟中に相手に開示させ,残業代の再計算を行った。それまでは判っている範囲で残業時間・残業代を割り出し,平均した残業時間文は働いているものとした。使用者との力関係から,どうしても最初から証拠を完全に揃えることは難しいだろう。そういうときはわかるところまでやって速やかにうごいた方が早い。

 依頼者には是非とも,第二の職業人生を満足したものにしていただきたい。

投稿者: 弁護士石井康晶

2016.11.14更新

1 相談~退職した会社から残業代をもらっていない!

30代男性からの相談。半年ほど前に有期契約で勤めていた会社を退職した。在職中,月3,40時間は残業をしたが,会社は固定残業代を支払っているという理由で支払を拒否した,未払分を回収して欲しい。

残業代請求の考え方

今回は未払残業代の回収を依頼されたケース。請求に当たってどんな手続・方法があるのか,固定残業代で支払済みという会社の反論はどうなる?といった問題は後回しにして,まずは残業代がどれくらいあるのか,計算してみる。

1)基礎賃金額(時間単価)の計算

多くの人が月給制だと思うので,1時間当たりの単価を年収と年間労働時間から計算する。ごく大雑把に言えば,

(年収)÷(年間の所定労働時間)=時間給 だ。年収は源泉徴収票,給与明細をもとに調べ,所定労働時間は就業規則から調べる。相談の時点で就業規則がない(請求しても会社が渡さないとか,そもそも作っていない場合など)ときは,土日祝,盆と年末年始は休みといったおおまかな情報から割り出す。所定労働時間の計算をより正確に言えば,{1年-(所定の休日日数)}×1日の所定労働時間 になる。所定労働時間には休憩時間を含まないので,9時5時出勤で昼休みが1時間という会社なら,所定労働時間は7時間になる。

上で「年収」と書いたが,正確には基本給がベースになる。ただし,ここでいう基本給は給与明細の基本給額と一致するとは限らない。たとえば,交通費を実費で支給されている場合,基本給から除外されるが,定額支給されている場合は基本給に含ませることがある。職務手当などの名目で職能給が支給されているときも基本給に含ませることがある。考え方としては,実費の交通費のように,自宅から会社までの距離という,仕事の内容とは関係なく変わる手当は基本給に含めない。

こうして算出された収入を総労働時間で割ると基礎賃金が求められる。

必要なもの:給与明細,源泉徴収票,契約書,就業規則

2)残業時間・残業代の計算

本丸。まずは依頼者がどれくらい働いたのかを資料を基に求める。タイムカードで勤怠管理がされていれば打刻された時刻をもとに求めるが,これがないときは別の方法で割り出していくしかない。手帳のメモ,業務用PCの立ち上げ・シャットダウン時刻,残業中に職場の時計を撮影した写真などなど。幸い,本件ではタイムカードを一部依頼者が持っていたため,手持ちのタイムカードを元に計算する。判らない分はあとで相手に開示させ,とりあえず平均残業時間分は働いたものと推定して計算することにした。

なお,残業代は2年で時効になるので,請求しようか迷っている方は要注意だ。時効の関係で締め日と支払日を最初に確認する。

「残業」というのは,所定の労働時間を超えて労働した分が該当するが,1日8時間,週40時間という労働基準法上の制限を超えた場合,所定の労働時間内であっても残業(法外残業)になる。この制限を超えない範囲の残業は「法内残業」となり,基礎賃金の100%を払えば良い(割増にならない)。簡単に整理するとこうなる。

①1日8時間以内かつ1週40時間以内:基礎賃金の100%

②1日8時間超又は1週40時間超:基礎賃金の125%以上

③1か月60時間超:基礎賃金の150パーセント以上(ただし例外あり)

④22時から翌5時までの深夜労働:基礎賃金の125%以上

⑤法定休日労働:基礎賃金の135%以上

法外残業と深夜労働は重複するため,22時以降に働いた時間が8時間を超える場合、超える時間は150%になる。

⑤の法定休日だが,週に1日は必ず休みにしなくてはならず,その休みの日に出勤させると35%増しになる。これは法外残業とは重複しない。会社の休日と一致するとは限らない。規則で土曜が休みとされており,土曜の出勤を命じられたからといって,週に1日休めていれば休日労働には該当しない。

こうしてタイムカードを元にエクセル表に実労働時間を入力していき,割増率をかけて毎月の残業代を求めていく。

なお,残業時間は分単位まで求めるが,1か月単位で通算するときは30分未満を切り捨て,30分以上を切り上げていい。

本件では200万円近い未払があることが判った。依頼者からの聴き取りとタイムカードの記載から,十分すぎるほど働いてらしたこともわかった。そこで請求に向けてうごくことに。

 

2 実際の解決までの流れ

方針の決定:労働審判?訴訟?

この手の案件では,労働審判という早期決着を期待できる制度と,通常の裁判(訴訟)とがある。労働者としてはどちらを選んでも良い。

簡単に比較すると―

労働審判:3回以内で決着(早期解決),労働者寄り?,1回目から主張・証拠を出揃えるようにする(手持ちの証拠が少ないと向かない?)

訴訟  :労働審判よりは通常遅い(1審で半年から1年程度),控訴されるデメリット,証拠開示が充実,付加金の支払を裁判所が命じられる

一長一短あるが,未払残業代の場合,残業時間も判っていて法的な論点も無い場合は労働審判が向いていると個人的には考えている。今回は請求している期間の半分くらいしか証拠がなかったこと,固定残業代制をめぐって対立すると思われたことから訴訟にした。

付加金って何だ?

割増賃金が未払のとき,制裁的に裁判で金銭の支払を命じる制度。上限額は未払割増賃金額の100%。

重要なのは,「割増」賃金の未払だということ。法内残業は割増しではない。もうひとつは「裁判で」命じるということ。訴訟の場合に手に入る可能性がある,くらいに思った方が良いかもしれない。請求するときは使用者の悪性を主張立証することになるが,重要なのは残業時間の長さだろう。

なお,判決までに使用者が全額支払ったときは,裁判の時(判決時)に未払がないことになるため,付加金は手に入らない。

 

 

請求~訴訟まで

方針も決まっていよいよ実際にうごくことに。まずは内容証明郵便で支払とタイムカード,就業規則の開示を求めるが,何のリアクションも無し。訴訟をおこすことにした。

訴状では依頼者の職場での立場、日々の業務内容を主張した。所定の時刻を過ぎたのは遊んでいたのではなく本当に仕事が終わらない(終えることが出来ない環境)からだということを示した。

すると,相手からは予想通り固定残業代で支払済みという反論がでてきた。

固定残業代制は支払拒否の理由になる?

固定残業代には,基本給の一部に残業代が含まれているという形と,定額の手当で支払われている形がある。本件は前者の主張だった。

いずれにしても,この反論が認められるには,固定額を残業代として支給するという明確な合意が必要だ。明確と言えるためには,固定残業代の部分が基本給等と明確に区分されていることが必要だ。

基本給の一部に固定残業代が含まれているという反論は,多くの場合,この明確な区分という要件を満たさないだろう。いくらが基本給でいくらが固定残業代なのかが契約書や給与明細といった基本的な書証からわからないと「明確」にはならない。

また,定額手当として支給されている場合でも,極端な場合には合意が否定される。たとえば,基本給が固定残業代と比べて余りに低い場合,固定「残業代」は残業のために支払われたものとは認定できないことがある。

なお,固定残業代制が採用されているとしても,実際に計算した残業代が固定額を超えているときは,当然超える分を請求できる。

本件では,相手の主張する固定額は契約書にも給与明細にも現れていなかったため,「明確な区分」の要件は満たさないと予想された。

 

一方、相手からは,退職後にも給料を払っている,その給料支払いで和解したという不思議な反論が出た。給料名目で金を払われたのは事実なのだが,なぜ退職した後に「給料」を払っているのかはもらった側の依頼者にもわからない。不思議だが,金を受けとったのは事実なのでいくらか差し引かれることは覚悟した。

互いに主張と証拠が出そろった後(半年くらいか)、裁判所から和解の提案が。裁判所はこちらの請求する残業代の数字に問題はないだろうとしつつ,趣旨はよくわからないが金を受けとっていることから,それを多少考慮した金額を提示してきた。依頼者に和解を蹴った場合の予想できるデメリットを説明し,和解に応じて良いとの回答を得たので,弁護士同士で内容をチェックし和解を成立させた。

和解の注意点だが,未払賃金として支払いをうけると源泉徴収の問題が起こるので,解決金など他の名目の方が良いかもしれない。

2か月後,約束通りに支払があり,終結。初回相談から1年だった。

 

3 振り返って

 足りないタイムカードは訴訟中に相手に開示させ,残業代の再計算を行った。それまでは判っている範囲で残業時間・残業代を割り出し,平均した残業時間文は働いているものとした。使用者との力関係から,どうしても最初から証拠を完全に揃えることは難しいだろう。そういうときはわかるところまでやって速やかにうごいた方が早い。

 依頼者には是非とも,第二の職業人生を満足したものにしていただきたい。

投稿者: 弁護士石井康晶

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